Gaze at Art Vol.01
アートコレクター
宮津大輔さん
インタビュー 後編
Dear Artがアートな人々にインタビューする本シリーズ。前回に引き続き、日本を代表するコレクターのひとりであり、数年前までは一般企業に勤める「サラリーマン・コレクター」だった宮津大輔さんに、コレクションのはじめ方やアートと生きる楽しみ、おすすめのアーティストまで、存分に語っていただきました。>前編はこちら
アートを買うことは、ワクワクすること。
――前回、アートは気張って買うものではなく、自分の好きなものと一緒に暮らすことの延長線上にあるもの、とお話してくれた宮津さん。海外の場合、お金がない学生でもアートを買ったりしますけど、日本の学生はバッグや靴は買ってもアートを買う人はまだ多くはないですよね。その違いはどこからくるのだと思いますか?
「日本はまだ、ブランド本位主義が生活に根強く残っているからでしょうね。極端な例え話ですが、日本で両親に将来の夫になるかもしれないボーイフレンドを紹介するとき、『お仕事は何ですか?』と聞かれて、安心な回答とされるのは、大企業に勤務しているとか銀行員とかですよね。アーティストと答えたら心配されます。これが先進国や欧米の場合、『アーティスト。面白いじゃない!』と評価される。ブランドではなく、中身で判断する。アートを買うということは、大袈裟に言えば、そういうブランド本位的な思い込みから自分を解放する手段のひとつでもあるんです」
――ブランド本位主義がまだ残っているとお考えの中で、アートを選ぶときにどういう価値観を大事にされていますか?
「そうですね。僕が大事にしているのは、自分に嘘をつかないこと。世間の評価は抜きにして、本当にその作品が好きかどうかを自問自答することですね」
――宮津さんはいつも、「一瞬の判断で買う」と仰っていますよね。初めの頃から一瞬だったのでしょうか。それとも、段階を経てそこにたどり着いたのですか?
「もちろん、初めは迷うこともありました。日頃から自分にとって最も大事なことは何なのか考えておいて、それを軸に、いろいろなシーンで一瞬の判断を積み重ねて自分の判断力を磨いていったんです。アートに限りませんが、お金がないという事実は変えられないにしても、自分が本当に欲しいものを見誤り、あの時買っておけばよかった!と悔しい思いはしたくないですよね。例えばギャラリーに入った瞬間に、そこで買えるもののうち、自分にとってのベストをその場で選ばない限り、1秒後に誰かが買ってしまうかもしれない。それを避けるためには、秒速で決めなくてはいけません。なので、まずはその作品が本当に好きか自分に問いかける。そして100年、1000年後も残っている作品であるかどうかを見極めるんです。アートと向き合っていて鍛えられるのは、まさにこの判断力です。僕は若いときからアートを買うことを通じてこの力を鍛えてきたので、それが今、仕事でプレゼンや大事な判断をする時に生きているな、とも思うんです」
――アートを見極めるには、何から始めたらいいのでしょうか。
「やはり美術史や哲学をある程度知っていると、作品の奥行きは変わって見えてきます。アーティストの経歴やスタンスなどの情報も重要です。そういった知識から自分なりの計算式=アルゴリズムを作ってしまえば、即座に判断ができるようになります。ただ、時代や環境の変化に伴ってそのアルゴリズムも日々変化していくはずなので、美術館に通って作品を見たり、美術史や哲学の勉強をしたり、アート関係の情報集めをするのは、地道な筋トレのようなものです。確実にシュートを決めるには、体力づくりだけじゃなく、オープニング(※5)当日にギャラリーに行ってアートを買う、という試合にも出てないといけないと僕は考えています」
(※5 多くのギャラリーは、展覧会の初日にオープニングパーティーを開催する。ほとんどの場合アーティストとギャラリストも出席し、コミュニケーションをとることができる。招待状がなくとも誰でも入れることがほとんどで、HPなどに情報が公開される)
知れば全然怖くない、ギャラリーとの付き合い方。
――宮津さんは、どうやってギャラリーとのコミュニケーションに慣れていったのでしょうか?
「僕もコレクターの先輩がいなかったので、最初は緊張しました。美術館は入場料を払うから、お客さんとして堂々としていられますが、ギャラリーは無料で作品を見られるので、居心地が悪いのは仕方ないかもしれません。買わなきゃいけないのかな?とか、感想を言う必要があるの?とか。でも、それらを無理に求められるなんてことはありませんよ。それに、不安だったらウェブで事前に情報収集すればいいんです。アート作品は価格が安いものではないので、色々調べてから訪れるくらい慎重でもいいと思います。ギャラリー のサイトに行けば問い合わせ先も載っていますし、興味があるジャンルや手が届く価格帯などを踏まえて、今買えるものがあるか聞いてみてから行ったっていいんです。最近は様々なアートの情報サイトもありますし、自分が一番緊張しない方法でアクセスして、自分なりに楽しむコツを少しずつ掴んでいけばいいんです」
――おすすめのギャラリーはありますか?
「僕がおすすめするのは、アートフェア(※6)ですね。大きいアートフェアは世界中から色々なギャラリーやコレクターが集まるので、1つのギャラリーにいきなり訪問するよりもハードルは低いと思います。しかも、ニューヨーク、ベルリン、上海など世界中から参加した主要ギャラリーのブースを3、4日で回れる上、下は数万円から上は億単位の作品まで買える機会があります。最初にアートフェアに行って、まず自分とテイストが似ているギャラリーに声をかけてみるのもいいスタートだと思います。英語でのコミュニケーションが不安という人は、Google翻訳やポケトークを使えば問題ないでしょう。アートを目的にして海外のフェアに行ってみたけれど、何も買うものがなかったなんて時は、グルメやショッピングなど他の楽しみに走ることもできます。そんなに気張らずに、旅行として楽しめますよ」 (※6 各地のギャラリーが一同に集まり、作品を展示販売する催し。 基本的にはアート作品の売買を目的としているが、アーティストにとっては新作発表の場、コレクターやギャラリストにとってはアート市場の動向を探る情報交換の場、一般客にとっては新しい作品の鑑賞の場として、多角的な側面をもっている。バーゼルやシカゴ、パリ、香港など世界中で行われており、日本でも毎年数多くのアートフェアが開催される。)
――さらに気軽にアートと触れ合ってみたい場合、東京でおすすめのアートスポットはどこでしょうか?
「丸の内仲通りなんかいいですよね。たった数百メートルの美しい並木道 (丸ノ内仲通り)に、若手アーティストから巨匠まで様々な彫刻が置かれていて、三菱一号館美術館もジョンロブもCDGもローズベーカリーも一保堂茶舗もあります。しかも、平日は11時~15時(週末は17時まで・2020年4月現在)歩行者天国になるんです。少し足を伸ばせば、レアンドロ・エルリッヒ(※7)の『Cloud』(飯野ビルディング)だったり、カールステン・ニコライ(※8)の『poly stella』(霞が関ビルディング)だったり、国際的に活躍するアーティストのコンテンポラリーなパブリックアート(※9)にも出合えます」
(※7 1973年、アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれの国際的に活躍する現代美術作家。作品の多くは建物の一部などの立体的な造形で、錯覚の利用や、鑑賞する行為自体が作品の一部になる体験型となっている。日本では、金沢21世紀美術館の中庭に恒久設置された《スイミング・プール》が有名。)
(※8 1965年旧東ドイツ・カール=マルクス=シュタット(現ドイツ・ケムニッツ)生まれ。アルヴァ・ノト名義でミュージシャンとしても活動している。現在ベルリンを拠点に、人間の知覚や自然現象の持つ特性やパターンをテーマとして、美術、音楽、科学の領域を横断する作品を発表している。)
(※9 公園や市街地、公共施設の敷地などに設置されるアートの総称。設置される場所の結びつきを強く意識した作品とも関わりを持っている。)
現代アートを買う、一番の魅力とは?
――今、宮津さんが一番注目しているアーティストはいますか?
「僕は自分が作品を持っていないアーティストをおすすめすることはないんです。初心者でも買える価格帯でおすすめなのが、台湾の劉致宏(リュウ・ジーホン) (※10)という若手ペインター。そして、BIRDHEAD(バードヘッド) (※11)という上海を拠点に活動する2人組アーティスト。このデジタル全盛の時代に銀塩白黒フィルムで撮影して、最近はコラージュ作品も面白いので、ぜひチェックしてみてください」
(※10 1985年台湾出身の若手アーティスト。日常生活や周囲の環境、また旅先で見た風景や事象を絵画や、空間展示、映像、文字、立体など、テーマごとに様々な素材を用いて制作している。)
(※11 1980年上海生まれのジ・ウェイユィと1979年上海生まれのソング・タオによって2004年に結成された上海を拠点に活躍するアーティスト集団。上海の日常生活をモノクロで撮影するスナップが特徴的。)
――アーティストとも積極的に会話をされるのでしょうか?
「どんなにゴッホのファンでも、ゴッホとは話せないですよね。でも、アーティストが同時代に生きている現代アートの場合は会話ができます。これは現代アートの世界だけに許されていることです。だったら、話さないのはもったいない。どんな有名なアーティストでも、ギャラリーのオープニングに行けば話せるチャンスがあります。付き合いの長いアーティストの場合、今やスーパースターになった彼らから『どうだった?』と必ず感想を聞かれます。僕は、会場内を一周する間、説得力のある解釈、感想について何をどのように伝ようかずっと考えているわけです。アーティストは相手をとてもよく見ていますし、日々進化しているので、僕自身も貪欲に学ばないとついていけないんですよね」
――アートが学びの機会につながっているんですね。
「僕は留学したこともないですし、アートと関わっていなければ、英語も話せなかったと思います。海外のアーティストと会話するために、共通言語として英語を通勤電車の中で勉強し、発音はiPhoneで習いました。僕が多少なりともまともな人間になれているとしたら、全てアートのおかげです。金策には中小企業の社長かというくらい苦しんでいますけど(笑)。こうした努力を25年間重ね続けたことで、アートコレクターとしての居場所ができ、今の仕事にも繋がってきたわけですから」
――最後に、アートと暮らす最大の醍醐味について聞かせてください。
「際限なく一緒に居られるところですね。美術館に毎日通っても、閉館時間が来れば見られなくなってしまう作品と違って、いつも一緒に居られる。でもそうなると、人間と一緒で綺麗ごとじゃない部分も見えてきます。ガラス越しの恋ではなく、現実の恋になるわけです。こうした体験は、作品を所蔵している人にしかできません。アートと暮らすことは、お金持ちだけに許されていることではない。その贅沢は、20~30代の会社員だって味わえます。もちろん、何歳からはじめたって、遅くはないですよ。ここまで聞いたら、はじめない選択肢なんてないでしょ(笑)」
文:小川知子 写真:白井 亮
Profile
宮津さんのアートを見る眼を生かした生き方や、現代アートの現状について、より深く知りたくなった方は下記をご覧ください。
最近は、役職定年やコロナ禍によるリストラの恐怖あるいは大手企業における配置転換など、ミドルやシニアを巡る状況は厳しさを増す一方です。しかし、変化の激しい時代は、大きなチャンスと出会える時でもあります。勤務先での業務を行いながら、好きなことをヴォランティア→副業→「ライフワーク(生きがい)」から「ライスワーク(食い扶持)」にする実践的ノウハウ「人生二刀流」を一冊にまとめました。現代アートを見る眼を活かし、様々な事象に対する「ファクト・チェック法」も紹介しています。
「アート作品の価格形成の仕組みを知りたい」「なぜ、ダ・ヴィンチのキリスト像を、イスラム教国の皇太子が500億円以上で買うのか?」「人工知能の支配から逃れるため、人類に必要な思考とは何か?」など先端技術から、クイア・カルチャー、そしてファッション、金融まで、アートと関連するあらゆる事象を、抱負な画像、様々なデータ、あらゆる視点からわかりやすく明確に解説します。もちろん、アートフェアやマーケット分析、美術館の将来、そしてビエンナーレやトリエンナーレといった大型国際展の現状についてもレポートしています。