
Life with Art
Vol.04
Yoshitaka Hayashi
アートのある素敵な空間に身を置くことで、
モチベーションを上げられる
「アートのある日々」Dear Artが掲げるこの言葉を当たり前のものとして生きる各界の第一線で活躍する人々に、コレクションや生活を覗かせていただきながらお話を伺う本シリーズ。
第四回目となる今回は、ロウリーズ・ザ・プライムリブなどのレストランを手掛ける株式会社ワンダーテーブルをグループ会社に持つ、株式会社ヒューマックスの代表取締役 林祥隆さん(株式会社ワンダーテーブル 取締役会長でもある)にお話を伺いました。
ワンダーテーブルが手がけるレストランでは、その店ごとに合わせたアートが飾られ、お客様を迎える雰囲気をつくり出すための重要な構成要素となっています。今回はロウリーズ・ザ・プライムリブ 赤坂店に伺って飾られているアートを拝見した後、レストランを作る上で大事にしていること、お店にアートを飾ること、アートの楽しみ方などについて語っていただきました。

左から、《Jaguar》 2017, Enamel & acrylic on canvas , Image size : 53.0 x 53.0 cm、《Cattle》 2017, Enamel, acrylic & Indian ink on canvas, Image size : 116.7 x 91.0 cm、《American lion (Puma,Cougar)》 2017, Enamel & acrylic on canvas, Image size : 53.0 x 53.0 cm / Ryuma Imai 今井 龍満
(※1 既存の作品ではなく、飾られる場所の環境やコンセプトを踏まえて、アーティストと相談しながら制作してもらう作品のこと。委託作品)

《遥かにみる/BoundlessProspect#2》 2017, oil on canvas, Image size : 150.0 x 100.0 cm / Manika Nagare 流麻二果

《garden(night)》 2017, oil on canvas, Image size : 150.0 x 210.0 cm / Midori Arai 新井碧
《時 time》 2017, coffee on canvas, Image size : 162.0 x 162.0 cm / minor-i
日本ではない雰囲気のお店を目指す
――世界中にたくさんのお店を構えていらっしゃるワンダーテーブルさんですが、初めてお店にアートを飾られたのはいつですか?
「最初にアートを飾ろうと思ったのは、20数年前にバルバッコア 青山本店を作ったときです。当時、サンパウロで訪れたバルバッコアの本場の雰囲気を東京でも再現するにはどうしたら良いかと考えていたときに、本場と同じ作家の絵を飾ろうと思い至りブラジル人アーティストの絵を購入しました。それ以降、虎ノ門ヒルズ店以外のバルバッコアには同じアーティストの作品を飾っています」
――現地の雰囲気を再現するためにアートを用いられたというのは、とても興味深いです。現地でアートが担っていた役割の大きさを感じます。
これまでに林さんは、ワンダーテーブルさんでどんなお店を手掛けてこられたのですか?
「自己紹介のようになってしまいますが、まず私の経歴を簡単にお話しすると、私はファミリー企業の三代目なのですが、慶應義塾大学を卒業して第一勧業銀行(現在のみずほ銀行)に勤めた後、アメリカのU C L Aに留学してM B Aを取得しました。帰国してから株式会社ヒューマックスに入社し、主に母親が手掛けていた飲食店を経営する会社、株式会社ヒューマックスハート(当時)を手伝うことになりました。
同社で私が入社後に新たな展開として始めたすき焼き・しゃぶしゃぶ食べ放題のモーモーパラダイスがヒットし、その次にやってみようと考えたのが当時注目され始めていたシュラスコのお店です。本場サンパウロに人気店を視察に行く際に3人のサンパウロに詳しい知人から情報を集めたのですが、その3人が唯一共通して名前をあげたのがバルバッコアでした。実際に食べてみたらとても美味しくて、これは真似するよりも、そのまま日本に持ってきて展開するほうがいいと考えました。
その後に作ったのが、ロウリーズ・ザ・プライムリブです。1店舗目が初代の赤坂店で、こちらはラスヴェガスのお店を参考に作りました(赤坂店オープン後、2000年10月に「株式会社ワンダーテーブル」に商号を変更)」
「その赤坂店がビルの取り壊しで移転することになって作ったのが、恵比寿ガーデンプレイス店です。この恵比寿のお店を作るときに、お店づくりをガラッと変えようと思いタッグを組んだのが、インテリアデザイナーの山際純平さん(株式会社デザインポスト 代表)です。
さらに、まるで日本ではないようなアメリカらしい空間づくりを目指すために、何がアメリカらしさを作り出すのかを考え、まずは照明が大事だと思い至りました。そこで本場ニューヨークの第一線で活躍している照明デザイナー3人を面接し、デイヴィッド・シンガーさんに照明デザインをお願いすることにしました。
インテリアデザイナーだけでなく、照明デザイナーにも入ってもらう体制は日本では珍しいかもしれませんが、アメリカではインテリアデザインと照明デザインの分業が当たり前に行われていて、私もデイヴィッドさんから、光にはglow(柔らかい光)、glare(眩しい光)、glitter(キラキラした光)の3種類があること、さらに照明の役割は明るさを与えるfunction light(機能的な明かり)と色などを与えるdecorative light(装飾的な明かり)の2つがあること、そしてそれらをうまく使いこなすことが大事だと、照明デザインの基本的な考えを教えてもらいました」
レストランの内装は、照明とアート
そしてグリーンを配して完成する
――店舗の内装において、照明が重要な要素となるということはすごく納得感がありますね。そのほかに林さんがお店の内装を手掛けるときに大事にしていることはなんですか?
「大事にしていることは3つあります。まず1つは、インテリアデザインだけで100%完成させるのではなく、インテリアは約5割で、そこに照明、アート、グリーンが残りの5割として、それぞれのバランスがよくなるように設計すること。2つ目は、お店に入ったときにパッと目を惹くような驚きを与える「W A O!」があること。3つ目は、お客様が入った状態で完成する店づくりを目指し、店の内装だけで完成させすぎない、やりすぎないことです」
「日本では店舗のインテリアをインテリアデザイナーひとりが請け負うことが多いですが、アメリカでは先程もお話ししたようにインテリア、照明、家具、グリーン、アートなど、それぞれを専門家が担当し、複数人でプロジェクトに取り組みます。ロウリーズの店舗でも同じようなやり方を目指していて、それぞれの専門家が力を出し合って作り上げています。その方法を最初に使ったのがロウリーズの恵比寿ガーデンプレイス店で、それをさらに理想的な形で叶えたのが、赤坂インターシティ A I R内にある、現在の赤坂店です。
ここではインテリアを山際さん、照明をデイヴィッドさん、アートをSCÈNE山本菜々子さん(Dear Artを運営するArt Salon SCÈNEのCo-owner/Director)にお願いし、本場アメリカにいるかのような店舗を作り出すことができました」
――赤坂店を作る際、 SCÈNEからは100人くらいのアーティストをご提案させていただきましたが、林さんは店舗に飾るアートを選ぶときにはどんなことを重視していますか?
「最終的に選んだのは山際さんと山本さんですが、私が気にかけているのはまずレストランにある絵として、食事をする際に目の前にあって心地よいものであること。色で言うと、原則的に寒色系よりは暖色系を選びます。あとは、その場に合っていること、あくまで主役はお客様なので出しゃばりすぎないこと、いろんな作品があってもバラバラではなく一つにまとまったコンセプトになることなども大事にしています」
――ロウリーズ赤坂店には、流麻二果さん、今井龍満さん、minor-iさん、新井碧さんのコミッションワークが飾られました。他のお店にもたくさんのアートがありますが、例えば一番最近ですと、バルバッコア虎ノ門ヒルズ店に平子雄一さん(※2)のコミッションワークを飾られましたが、コミッションワークを依頼されていかがでしたか? (※2 1982年、岡山県生まれ。植物と人間の関係性をテーマに、ペインティングから彫刻・インスタレーションまで様々な表現方法を用いて制作を行い、国内外で広く活躍している)
「イメージや料理の背景など、そのお店が大事にしていることをアーティストに伝えて作品を制作してもらいますが、毎回違った喜びや驚きがあります。出来上がった作品は依頼時に自分が頭の中でイメージしていたそのままかというとそうではなく、そこがコミッションワーク、そしてアートそのものの面白さなのではないでしょうか。洋服でもそうですが、自分ではなかなか選ばないような服を初めて着たときには違和感があっても、数回着ていくうちに人から褒められたりしながら自分でも馴染んでいくことがあるのと同じだと思います。好みは先入観のようなものなので、段々と馴染んだり変化したりして、新しい景色を見せてくれることもありますよね。アートに関しては、大前提として作品そのものが力を持っていることが大切ですが、コミッションワークの性質も含めて理解して幅を持って依頼していますし、アートの面白さは予定調和を超えてくるところにもあると思います」

《Mealtime 01》 2020, Acrylic on canvas, Image size : 330.0 x 150.0 cm / Yuichi Hirako 平子雄一
――バルバッコア虎ノ門ヒルズ店を作る際に指揮をとられた秋元巳智雄さん(注:株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長)には、「コミッションワークを入れた店舗設計を経験すると、今後はこれなしではできないようになってくる」と嬉しいお言葉をいただきました。
社員の方々にアートを取り入れる思いやメリットなどを理解してもらうために行っていることはありますか?
「基本的にオーナー企業なので細かいところにまでこだわった店舗づくりが可能だということもありますが、秋元はじめ私と一緒に長年店舗づくりを経験してきたメンバーには私の思いは引き継がれていると思います。ただ、最初の頃はスタッフからはうるさがられていたこともあったのではないかと想像します(笑)。
例えばロウリーズの照明の明るさも最初はスタッフから「暗い」と言われて不評でした。しかしお客様からは雰囲気のあるお店と捉えられ、その評判の良さを目にしたりするうちに段々とスタッフ自身も「これでいいのかも」と思えるようになっていきました。それと同じようにアートが飾られていることの良さも、結果が良ければ自然と皆に納得してもらえると考えています。建物の作りやメニューだけでなく、アートを含む様々な要素が相互に作用して初めて魅力的な空間が完成する、という実感が、一番説得力を持っているのではないでしょうか。
Apple日本法人のC E Oや日本マクドナルド代表取締役社長を歴任した原田泳幸さん(注:現ゴンチャジャパン C E O)が言っていた言葉に「改革は結果が出るまで一人でやれ」というのがあります。最初は賛同を得られなくても改革を進めて最終的にいい結果が出れば、周りの人も納得してくれるようになります。同様に、結果としてお客様に喜ばれるいいお店を作ればスタッフにもそれが伝わり、愛着を持って大事にしてくれるようになります。手前味噌ではありますが、隅々までこだわって大切に作ったお店は、何年経ってもまったく古くなった感じがしません」

《波動》 2018, Acrylic plaster on canvas, Image size : 400.0 x 400.0 cm / Mineko Yamaguchi 山口峰子

《 Viagem 》 2017, Silver –halide prints on paper, Image size : 82.0 x 82.0 cm / Shin Ishikawa
感性を磨くためには、
好き嫌いの判断基準を養うこと
――私の好きな言葉で「センスとは情報の集積である」というものがあるのですが、林さんは普段センスや感性はどのように養っていらっしゃいますか?
「洋服などでいうと、暇なときにピンタレストを見て、好きな感じの写真を集めておき、今シーズンはこんな感じでいこうかなと参考にしています。あとは街を歩いているときに、インテリアなどの気になるものや参考になりそうなものなどはメモ代りにスマホで写真に撮っておきます。今、家のリフォームをしているのですが、いいなと思った照明やインテリアのアイデアなどを設計者とピンタレストで500枚以上共有しています。
感性は、結局は好き嫌いなのだと思います。日頃からアートでもファッションでも音楽でもいろんなものを見て聴いて、好きなものと嫌いなものを判断するようにしておくと、段々と自分の中の判断基準が養われていくのではないでしょうか」
――日本ではまだアートを買う文化が根付いてないと思うのですが、どのようになればより多くの人にアートを買う意識が生まれると思いますか?
「今は新型コロナウィルスの影響で家にいる時間が増えて、家のリフォームも流行っていますが、それまでは家は帰って寝るだけという人も多かったように思います。多くの人が家での時間を楽しんだり、家にいる時間を大事にするようになると、家を快適にしよう、家を飾ろうという人も増えるのではないでしょうか。そうすると必然的にアートを飾りたいと思う人も増えてくると思いますよ」
――家に人を招く、人目を入れるということも、家を飾る意識につながりそうですね。ホームパーティー文化が広まると、アートを自宅に飾ろうという人も増えるかもしれませんね。
自分が経験したことは、
潜在意識に蓄積されていく
――アートを楽しむためには、どうしたらいいとお考えですか?
「アートは嗜好品なので、良い悪いではなく、ワインや料理と同じように好き嫌いで判断するものだと思います。私は現在、深層心理に興味があるのですが、人間の顕在意識は5%くらいで後の95%は潜在意識といわれています。あの人は危なそうとか、これはなんとなく好き、というような直感や感覚も、実は潜在意識にある過去のデータベースから導き出されていて意外と頼りになるものなのです。
最近話題になっている「『自分だけの答え』が見つかる 13歳からのアート思考」(末永幸歩 著)という本の中で、モネの「睡蓮」を見た4歳の子供が「カエルがいる」と言ったという話が出てくるのですが、その後インタビュアーがモネの絵を調べたところ実際にカエルの描かれたものはなかったそうです。ただ、その4歳の子はモネの描いた睡蓮の浮かぶ池を見たときにカエルがいると思った、それは公園かどこかの池でカエルを見たという過去の経験が、その絵を見たことで呼び起こされたからではないでしょうか。アートを見るときに知識や常識にとらわれすぎず、この子のように自由に想像できる、発想できる豊かさを忘れないことも大切にしています。日頃からアンテナを張って、アートに限らずいろんなものを見て経験し好きなものや心動かされたものを自分のデータベースに蓄積しておくと、アートを見たときにそれが反応し、自分なりの感じ方ができるようになって楽しめるようになると思います」
――これからリフォームするというご自宅にアートを飾るとしたら、どんな視点で選びますか?
「お店と同じでアートも家を構成するパーツの一つという考え方は変わらないと思います。あくまで居心地の良い家、自分の作りたい空間のためにアートを選ぶのであって、好きなアートを飾るためにそれに合う部屋を作るというようなことはしないと思います。
ただ、理想としては家に飾るアートを描いた人が知り合いで、人としての関係がある人だとなお良いですね。料理と同じでそれをつくった人との関係性も含めて大事だと感じます。金額のことを考慮に入れず本当の理想を言えば、この壁に合うアートを描いてとコミッションワークを依頼できたら最高ですね」
――最後に林さんにとって、アートとは?
「モチベーションでしょうか。
アートがある素敵な空間にいるということで、自分を奮い立たせてくれるもの、心弾ませてくれるものだと思います」

インタビュー:山本菜々子 テキスト:山下千香子
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Profile

株式会社ワンダーテーブル取締役会長
2012年より㈱ヒューマックス代表取締役社長。㈱ワンダーテーブル会長を兼任。
主な事業は、商業ビルの賃貸、並びにレジャー、レストランビジネス。
ロウリーズ・ザ・プライムリブ、バルバッコアなどの海外ブランド店を国内で、またモーモーパラダイスなどの自社ブランド店を日本、アジア、米国でFC展開している。