Gaze at Art Vol.01
アートコレクター
宮津大輔さん
インタビュー 前編
Dear Artがアートな人々にインタビューする本シリーズ。今回ご登場いただくのは、日本を代表するコレクターのひとりであり、数年前までは一般企業に勤める「サラリーマン・コレクター」だった宮津大輔さん。コレクションのはじめ方やアートと生きる楽しみ、おすすめのアーティストまで、存分に語っていただいたインタビューを、二回に分けてお届けします。
普通のサラリーマンがアートコレクターに。
――世界中のどこのアートフェア(※1)に行ってもVIPとして歓迎される宮津さんですが、「サラリーマン」からどうやって日本を代表するアートコレクターになったのでしょうか? 人並み以上の年収があったのでしょうか?
(※1 様々なギャラリーが、多くの場合世界中から集まり、作品を展示販売する催し。コレクターやアート関係者向けのVIP Preview dayのほか、チケットを買えば誰でも入れる日もある。一つの会場で世界中のアートに出会えるチャンス)
「いえ、ごくごく平均的な年収のサラリーマンでした。まずは、僕がコレクションをはじめたきっかけとなった作品の話をしましょう。初めて買った作品は、草間彌生さん(※2)の白地に黒インクで描かれたドットのドローイング(※3)です。僕は、小さな広告代理店に勤めていたのですが、当時は30代のサラリーマンが自分へのご褒美として、ロレックスやワンルームマンション、スポーツカーを買うということが少なからずありました。僕は高級腕時計にも車にも興味がなかったので、できるなら大学生の頃から憧れていた草間さんの作品を手に入れたいと思ってしまったんですね。とはいえ、どこで買えるのかもわからなかったので、美術館に電話して聞き出したギャラリーに連絡して、『サラリーマンの僕でも買えるような作品はありますか?』と聞いて、夏のボーナス全額30万を握りしめてギャラリーへ向かったんです。ただ、値段を聞いたら予想の倍だったので、冬のボーナスとの分割払いで手に入れたのが、初めてのコレクションです。その後1年分のボーナスを使い果したことが妻にバレて、ものすごく叱られました(笑)」
(※2 水玉模様の反復で表面を覆ったかぼちゃの作品などが有名。こうしたモチーフの反復は絵画作品にも彫刻作品にも見られるが、これは幼い頃から草間が見ていた幻覚に現れる水玉に覆われた世界を描き留めたことがはじまりだという。)
(※3 絵の具を塗ることに重きを置くペインティングに対し、鉛筆やペン、木炭などで線を引くことに重きを置いて描かれた作品。)
――なるほど…(笑)。でも、今となっては草間彌生さんのオリジナル作品(※4)は小さいものでも数千万円単位で取り引きされることが珍しくありませんし、すごい先見の明ですよね。その後も素晴らしい作品をコレクションされていますが、どういうスタンスで集めているのでしょうか。
(※4 絵画の場合、原画。言い換えると「画家が直接、絵筆などで描いた世界に1枚しか存在しない絵画」。版画の場合、その版で刷る作品の全体数を決め、それぞれの作品に番号に割り振るという「エディション」という手法があり、版画作品の貴重性を保っている。)
「スタンスというほど意識的ではありませんが、僕はアートを買うことに対して、あまり気張らないほうがいいと思っているんです。ファッションやグルメは気軽に楽しめるのに、なぜかアートとなると、みなさん意気込んでしまう。でも、よくよく考えてみると、仕立てのいいスーツやバッグよりも若手アーティスト手になる作品の方が安価だったりするんです。アートはそこまで特別なものじゃないし、一概に安いものが悪いわけでもありません。家にお気に入りの食器や家具があったり、家族の写真が飾ってあったりする。そういった、自分の好きなものと一緒に暮らすことの延長線上にあるものだと思っています」
――好きという気持ちがモチベーションになっているんですね。
「好きなものと一緒に生きていたいですからね。アートを買う理由って、好きなものを買うか投資として手に入れるか、二択に分かれると思うんです。ほとんどの人は、僕と同じで好きだから買うはず。であれば、そこまで肩肘を張らずにリラックスして考えた方が、自分の好きなものを自然と見つけられます。どんな作品を買ったらいいのかわからない人は、まずは自分が好きなものが何かを知ることからスタートしたらいいですよね。アート作品を選ぶ場合は、使い勝手は関係ないので、より自分の好みを追求し、よりマニアックになっていくことだと思いますね」
宮津さんのコレクションの一つ。好きなものと共に生きるため、初めて年収以上の買い物をしたという思い出深い作品。
自分の感性に対してお金を払うという贅沢。
――自分がコレクションしたアートに囲まれて暮らす日々は、どんなものでしょうか。なんだかとても素敵そうです。
「僕は自分の家をアーティストのドミニク・ゴンザレス=フォルステル(※6)と設計段階から一緒に作りました。家の和室の襖は、奈良美智(※7)さんの作品です。これって、昔なら大名や貴族、大きな寺社なんかでしかできなかったことですが、今はサラリーマンでもそれができる時代なんですよ。政治家の悪口を言っても逮捕されることもないし、どんな仕事をしていても働いてさえいれば、基本的に死ぬことはない。日本という自由な国にいるんだから、その自由を行使したほうが人生は面白いでしょう」
(※6 1965年フランス・ストラスブール生まれ、パリとリオデジャネイロを拠点に活動するアーティスト。映像、光、音、家具などを組み合わせ、展示空間を含めた全体を作品とし、見ている観客がその「場」にいて体験できる芸術作品を制作する。)
(※7 1959年青森県生まれの画家、彫刻家。国際的な人気と知名度を誇り、ニューヨーク近代美術館など世界的な美術館に作品が所蔵され、日本の現代美術を代表するひとり。無垢で目を大きく見開いた子どもや犬がモチーフになるのが特徴で、トレードマークともなっている。)
階段の壁には韓国のアーティストYeondoo Jungによる作品も。
ドミニク・ゴンザレス=フォルステル設計のご邸宅外観。
――奈良さんの襖絵は、どういう経緯でお願いしたんでしょうか? 奈良さんというと、例えるなら尾形光琳、長谷川等伯や、狩野永徳なんかに自宅の襖を描いてもらうような感じですよね。どうしてそんなことができたのでしょう。
「奈良さんやオラファー・エリアソン(※5)に作品制作を依頼した1998年頃は、まだ彼らもものすごく売れていたというわけではありませんでした。12〜13年間、待っている間に市場価値が上がったと言いますか。そうそう、作品の出来上がりを待ち続ける、というのもひとつのコレクション・スタイルですよね。オークションで欲しいものを好きに買えるほど富裕な人は待つ必要がないかもしれないけれど、僕はお金がなかったので、まず自分の判断を信じて好きなものの購入を決めて、出来上がりを待っていたわけです。コレクションのスタイルも人それぞれなので、自分に合った方法でほしいものを諦めずに追い求めれば、自分らしいコレクションになっていくはずです」
(※5 1967年生まれのアイスランド系デンマーク人アーティスト。取り扱う主題、作品の作り方やスケールなど、アートを介したサステナブルな世界の実現に向けた試みで、写真、彫刻、ドローイング、空間展示、デザイン、建築など、多岐にわたる表現活動を展開する。)
――いろんなスタイルのコレクターがいる中で、注目しているコレクターはいますか?
「有名なコレクターでパトリック・サンという香港出身の人がいるんです。彼自身がセクシャルマイノリティであるということもあり、アジアの公立美術館で初めてセクシャルマイノリティの展覧会を共催したり、セクシャルマイノリティの権利確立の支援を継続的に行っています。西洋の美術史はキリスト教という一神教の価値観に基づき、長い間白人男性優位主義だったので、マイノリティは生きづらかったわけですけど、彼は自分の財団に『サン・プライド基金』と名付けて、セクシャルマイノリティの当事者たちがアートで誇りを持つことを表明しています。そうやって流行りとは関係なく、自分の信念を持って活動している人は年齢男女問わず憧れますね」
――自分が好きなものだけを集めていても、作品に飽きたという気持ちが湧いてくることはありますか?
「幸いなところないですね。今まで作品を売った経験もありません。お金がないからこそ、選びに選んでいますから(笑)。それと、買ってすぐ売るというスタイルも否定はしませんが、僕はどんな作品であろうと、少なくとも10年は一緒に過ごしたほうがいいという考えです。いい作品は、年々変わって見えてきます。当たり前ですけど、作品自体は変わらないですよ。自分の感じ方がどんどん変化していくんですね。作品が自分を映し出す鏡となって、10年、20年後の自分の内面における変化を知ることになる。なので、命に関わるときや、職がなくなったり、家族が重病になったりしたとき以外は売る気になれません。60万円で買ったものが5倍、10倍になったからといって売ることはしないです。もったいないので(笑)」
文:小川知子 写真:白井 亮
アートがもたらす生活の豊かさを熱く語ってくれた宮津さん。後半では、より具体的なアートとの距離の縮め方について、ギャラリーやアートフェアへの行き方・街中アートの楽しみ方などを交えながら詳しくお話ししていただきます。
Profile
宮津さんのアートを見る眼を生かした生き方や、現代アートの現状について、より深く知りたくなった方は下記をご覧ください。
最近は、役職定年やコロナ禍によるリストラの恐怖あるいは大手企業における配置転換など、ミドルやシニアを巡る状況は厳しさを増す一方です。しかし、変化の激しい時代は、大きなチャンスと出会える時でもあります。勤務先での業務を行いながら、好きなことをヴォランティア→副業→「ライフワーク(生きがい)」から「ライスワーク(食い扶持)」にする実践的ノウハウ「人生二刀流」を一冊にまとめました。現代アートを見る眼を活かし、様々な事象に対する「ファクト・チェック法」も紹介しています。
「アート作品の価格形成の仕組みを知りたい」「なぜ、ダ・ヴィンチのキリスト像を、イスラム教国の皇太子が500億円以上で買うのか?」「人工知能の支配から逃れるため、人類に必要な思考とは何か?」など先端技術から、クイア・カルチャー、そしてファッション、金融まで、アートと関連するあらゆる事象を、抱負な画像、様々なデータ、あらゆる視点からわかりやすく明確に解説します。もちろん、アートフェアやマーケット分析、美術館の将来、そしてビエンナーレやトリエンナーレといった大型国際展の現状についてもレポートしています。